片側の乳がんの摘出手術をされた方に生じたたすき掛け状の歪み・後編

今日は前回の続きです。(今回はいつもにも増して長文です。)


前編をお読みでない方は、こちらからお読みくださいね


さて、初診時にO様の全身調整を行ったところ、2回目の来院時には、右脇のしこりや、右胸の手術跡のテンション、首や肩のこり、その他全身の歪みが解消する代わりに、

すべての悪いものが左足に集まってきて凝縮されたかのように、左足が歪んでいました。

これはなぜなのでしょうか。

「筋膜リレーション」という専門用語があります。

身体の各部位にある各筋肉をまとめて覆っている筋膜という膜があるのですが、

私達が身体を動かす時、この筋膜が連動(リレーション)することによって、身体はギクシャクすることなく滑らかに動くことが可能になります。

筋膜は、身体に対して縦だけでなく、たすきをかけるように斜めにも繋がっており、筋肉と関節それぞれの動きを調整する役割上、斜めに連動してねじれを生じやすいのです。

そのため、もし筋膜の一か所にテンションが生じた場合、たすき掛け状に身体の他の部分を引っ張ることが多いのです。

そうしたテンションや歪みは、図の解説にあるように、シーツを対角線上で引っ張るとシーツが綺麗に整うのと同様の解消の仕方をします。

その観点から観ると、O様の右胸周辺にかかっていたテンションは、もともと来院前から対角線上にある左足を引っ張っていたと考えられます。

それがおそらく、前編でお話した、「なぜ左側なのか」「なぜ足なのか」・・に対する回答です。

右胸の対角線上にあるのが左足だということです。


O様の初診時、私はシーツを引っ張るように対角線上にテンションを整えるような施術は行わず、右胸周辺を単独で整えました。

そのため、右胸と左足とで綱引きのように引っ張り合って釣り合っていたバランスが崩れ、一気に左足が歪んでしまったのではないでしょうか。

綱引きで相手チーム(右胸)が手を離したことにより、自分のチーム(左足)が勢いあまってドドドっと後方に崩れこんでしまったようなイメージです。

右胸周辺に歪みがあった時には、その歪みと釣り合いを持たせるために、左足を不自然に使う「必要があった」のですが、その必要がなくなった。

つまり、左足の顕著な歪みは、右胸周辺が回復するのと引き換えに、突然はしごを外されて一気に表面化した歪みなのではないかと思うのです。


そうだとすると、O様の左足に起こったことは、その現象だけを見れば顕著な歪みという「悪化」ですが、

これは別の見方をすると、一か所の歪みが整ったおかげで他の悪い箇所が見つかり、それを「改善するチャンス」になったとも言えると思うのです。

施術前のO様のお身体の問題は右胸だけにあったわけではないということです。


身体が全て繋がっているからこそ、右胸だけをピックアップして治すことは不可能です。

右胸だけではなく別の場所も連動して変化していくことで、初めて身体全体が健康を回復していけるということなのではないでしょうか。

ですから、この左足の歪みは、施術によって身体が悪化したのではなく、身体が正しいバランスを回復していく過程で起こる、一過性の歪みなのです。

しかし、もしこの左足の歪みを放置すれば、それはまた全身に波及する悪影響を引き起こしていたかもしれません。


さて、2回目の来院時は、45分かけてO様の左足を調整し、立った時の左足のバランスを回復できるように施術しました。

もちろん右胸周辺へのテンションも同様に解消させ、右胸周辺から左足にかけてのびやかに緩み、不自然な力がなくとも立てる身体へと整えました。

そして、今後この左足はどうなっていくのかなと少々の不安を感じながら、さらに次回、3回目の施術の日を迎えました。


すると3回目、O様の左足は、来院時からすっかり整っており、足の調整にはほとんど時間がかからなくなっていました。

それをもって、私もようやく心からホッとして、左足の顕著な歪みは好転反応のようなものだったのだとようやく確信が持てたのです。


当院では、互いに引っ張り合うテンションの両端を見つけて、そのテンションを解消していく繋解法という手法を最もメインの手法として使っています。

この引っ張り合うテンションの両端がどこにあるのかは、お客様のお身体によって全く異なりますので、それぞれのお客様のお身体の流れを読むことで初めて施術が可能となる、熟練の必要な技術です。

ただし、繋解法には時間がかかりすぎるという欠点があります。

お客様のお身体に合わせて寄り添う施術は理想ではあるのですが、2時間の枠の中にしっかりとキリの良いところで施術を収めるためには、他の手法との合わせ技も必要になります。

O様の場合は、はじめから繋解法をメインで使っていたら、こんなに顕著に左足が歪むことはなかったと思うのですが、初診時に右胸を単独でガッツリ緩めたことで、全体の改善のスピードは格段に早めることができました。

どの手法をどのように採用していくかは悩ましいところです。


そのようなわけで、左足の歪みは、O様の身体の歪みが整っていく過程で起こった一コマにすぎないエピソードではあるのですが、

ひとつの大きなテンションを解消することが、それまで釣り合っていた他の場所の歪みを一時的にとはいえこれほど大きく悪化させることがあるというのは、私とって大きな気付きとなりました。

これは、500gもの重みを失ったバランスの変化によって引き起こされた歪みである可能性が高く、O様のような片側の全摘出手術を受けた方には同様のことが起こりうると思いますし、

手術後の身体のバランスを左右非対称にしてしまうような大きな怪我や手術跡等にも、同様のことが起こりうるのではないかと思います。


それは一見、整体の施術によって身体が悪化したようにも感じられる現象ですが、

それは身体がより良いバランスを回復していく中で必要があって起こることがあるということを施術者があらかじめ承知しておき、慌てずに対処したいと思いました。

そして、お客様の立場としては、初診で身体が楽になったとしても、あるいは逆に悪化したように思われる箇所があったとしても、

全体として改善の兆しが見えるようであれば、ある程度変化が落ち着くまでは途中で通うのをやめないことが肝要かもしれません。

左足が顕著に歪んだ状態で放置すれば、かえって身体のバランスが崩してしまうかもしれないからです。

(もっとも、かえって身体を壊してしまうような施術を行っている整体院もあるようですので、その見極めもまた難しいのですが・・・)

その点、O様が当院の施術を信頼してくださり、根気よく通ってくださっていることには、心からありがたく思っていますし、そのおかげで左足をしっかり調整することもできました。


O様のたすき掛け状の歪みは、手術前からあったものなのか、手術をきっかけとして生じた歪みなのか、私にはわかりません。

また、こうした調整が、O様の乳がんの再発や脇のしこりの経過にどのように影響するのかも、今後の推移を見守る必要があります。

けれど、ひとまずO様の身体は回を重ねるごとに楽になり、辛いコリや痛みなどが減っていき、体調が良くなっていくことを実感していただけています。


辛いご病気の後の大切なお身体を、信頼してお任せしてくださるO様に、心からの感謝の気持ちを込めて、これからも施術していきたいと思っています。


O様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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ここからは蛇足です。


昨日記事の前編をアップして以降、様々なことを考えていました。

以前から、辛いご病気や症状の方の施術例を記事にするたびに、同様の迷いを深めていたことでもあるのですが・・。


O様がご病気を通して体験されたこと、そして、現在も継続している身体と心の傷。

そのO様のお身体への施術を通して私が気付いたことを、O様は「記事にしてもいい」とおっしゃってくださいました。

けれどO様の味わった苦しみを考えれば考えるほど、こうして記事にさせて頂いたことが申し訳なく感じられて、記事を削除するべきではないかと逡巡していました。


私はO様のお身体への施術を通して沢山のことを勉強させて頂き、沢山の気付きを与えられました。

その気付きは、O様がそれだけの苦しみを味わった末に得られた貴重なものだからこそ、人知れず埋もれて無駄になってほしくないと私はどうしても思ってしまいますし、

是非施術者さんや同じ治療を受けられた方に参考にして役立てて頂きたいと願ってしまいます。


私自身、これまでに多くの先輩整体師の方の知識と技術と経験に学ばせて頂いて現在の自分があります。

その知識や技術や経験は、やはり様々なご病気や症状に苦しむ方々の施術例の存在があってこそ蓄積されたものです。

だからこそ、私にそうした気付きが与えられた時には、私もできるだけ多くの方にシェアさせて頂いて、同様の症例に役立てて頂きたいと、どうしても思ってしまいます。


けれど、それはやっぱり施術者の都合でありエゴです。

整体院にお越しになるお客様は、整体技術の発展の研究材料になるためにお越しくださっているわけではありません。

いくら許可を頂いたとはいえ、やはりご自分の辛いご病気にまつわる記事が公開されることはO様にとっても辛いことだと思います。


じゃあ、記事にしなければいい・・? 削除するべき・・?

前編を掲載してからずっと、それを悩んでいました。


けれど、やはり私は整体師です。

お客様のお身体のお悩みを解消するために、今の自分の仕事が成り立っていますし、技術の向上のために努力することは私の務めでもあります。

だから、やはりお客様への施術を通して与えられた沢山の気付きは、自分の学びとして施術に反映させ、時にはこうして記事としてシェアさせて頂くこともまた必要なことです。

その意味で、お客様のお悩みに寄り添う努力はしつつも、私は私で、このようなジレンマを自覚しながら、やはり整体師としての仕事を全うするしかないのだと思い至りました。


ただし、施術上の気付きを与えてくださったお客様への感謝の気持ちを、いつも忘れないようにしていかなければと、改めて思いを強くしています。


O様、今回は掲載を許可してくださって、本当にありがとうございました。